来鶴廬だより

	惲南田の水墨画
	年が改まって吾が狭い書室に変わったことは、鶴首の銅瓶に挿さされた一本の和水仙あるのみ。変わらないのは室の隅に掛けられている複製の惲南田の水墨画の小額である。　画賛を読むと銷夏の景であるのだが、四季を通じてある。　私は書を学ぶ者であるが、中国の水墨画には特に興味を覚えている。　惲南田は明末清初に活躍した四王呉惲の一人である。清朝に仕えず処士として在野に終る。南田は三絶の人で、書は褚遂良の『枯樹賦』の神を伝えているといわれている。　この図は上辺に遠く山容があるがその餘は広々とした湖が大半を占めている。中ほど右辺に湖に突き出た館があって一人の客が見える。酒でも飲んでいるのか。館の周りは蘆が生え、蕉葉が見え、湖面いっぱいに蓮の花が開いている。『高遠淡素』の趣きである。　図書館の書庫から『南田畫跋』を借覧し、半知半解ながらその説くところを書き留める。『甌番館書跋』の冒頭に述べている。　　　　　「　畦径に落ちざる　之を士気と謂い　　　　　　　　時趨に入らざる　之を逸と謂う　　」　すなはち南田の画論の骨子は士気と逸格にあると言う。　南田は逸格を重んじ、画法からの脱却を志していたが、それは固定化した構図と堅い描線からの脱却であった。又言う。　「　心によって心を打ち、感情によって感情を動かす効果を信ずる　　　　筆墨は本（も）と情けなし　　　筆墨を運す者をして情なからしむべからず　」　感動をもって製作し観る者をして感動共感せしめなければいけないという意。　又言う。　「　書を作るには須らく衣を解き盤礴し　　　旁（かたわ）らに人無きが如き気あるべし　　　然る後に化機手に在りて元気狼藉し先匠の為に拘はらずして　　　法規の外に游ばん　」　荘子の『解衣盤礴』の語であって真の画工の態度であるという話。　南田の画論を通読して、これは書に通底する理であると痛感し、書画一如であると改めて思い知らされた。　蛇足　　倚りかからず、擦りよらず、群がらずは私の戒である。　　　　　　　　　　　　　画賛　　　　　　　　　奇峯天際夏雲開　　　　　　　　　黄鳥一聲酒一杯　　　　　　　　　蕉葉影中山雨過　　　　　　　　　渚蓮香裏夜涼来

	碧嵓
	2014年1月　島津碧嵓

■ 過去記事 ■

2013年 1月		何必館開館三十周年記念華岳展を見る
2012年 1月		二〇十二の新年を迎えて
2011年 3月		マークロスコの絵
2010年 4月		はちすはとおり
2008年 2月		楊維楨の書
2007年 11月		道
2007年 4月		久隈守景の納涼図
2006年 1月		月の兎
2005年 10月		蘇州の夜
2005年 2月		梅花
2004年 4月		天上大風
2003年 6月		焼き鳥『多味』さん
2003年 5月		青山杉雨先生の思い出
2003年 4月		「書」は生きている「証し」であり、「痕跡」です。
	Copyright (C) 2003 Hekigan Shimazu

-表紙へ戻る-